祐一:「ぷは〜、喰った喰ったっ」

 祐一は腹を撫でながらそんなことを言う。

 実際、煎餅2枚とほうじ茶を1杯飲んだだけなので別に運動に支障はない。

北川:「・・・相沢、いいのか?」

 北川が祐一の耳元でこそこそと話す。

 北川の目線の先には舞の姿。

舞:「・・・みまみま」

美汐:「先輩。 気をつけておかないと太っちゃいますよ?」

 そのようなレベルの問題ではなかった。

 明らかに胃袋の大きさよりそこに治まったはずの食べ物の方が多い。

 舞は通算21個目となる大福に手を伸ばしているところだ。

 他にも煎餅の包み紙や、ようかんの箱など、和菓子の残骸の類がそこら中に散らばっている。

 全て合わせると、締めて・・・諭吉さんが2人ほどは飛んでいきそうだ。

美汐:「おいしいですか?」

 美汐は孫が遊びに来たおばあさんのように、滅多に人に見せることのない笑顔をのぞかせていた。

 その美汐の目が祐一と北川の2人を捉える。

 その目には怒りと思われる感情が簡単に見て取れた。

美汐:「・・・お2人とも・・・何か失礼なことをお考えになりませんでしたか・・・?」

 強烈な殺気。

 おもわず情けない男2人は後退る。

祐一:「え、えっと・・・な、何も変なことなんて考えてないぞっ なぁ、北川」

 妙に上擦った声で祐一が北川に話を振る。

 それに対し、北川は一瞬戸惑ったが、すぐに祐一の話に合わせて言う。

北川:「あ、ああっ。 まさか美汐ちゃんがおば・・・むぐっがぐっ!?」

 祐一が禁句を口走りそうになる北川の口をその辺りに置いてあった饅頭を詰め、塞ぐ。

 祐一の手はついでに北川の鼻まで塞ぐ。

 祐一は北川の様子に気付く様子は全くと言っていいほどない。

 美汐はそんなことは意にもかえさないかのように話しかけてくる。

美汐:「・・・何か仰いましたか・・・?」

 その様を形容するなら、さしずめ獲物を見つけた蛇。

 獲物達は声もなくブンブン首を振ることだけしか出来ない。

 1名は死にかけて藻掻いているだけのようにも見えないことはない。

美汐:「・・・気のせいだったんですね・・・」

 美汐は祐一たちに確かめるように1人呟くと、再び舞の方を向き笑顔になる。

 その美汐の姿に、祐一はほっと肩の力を抜く。

祐一:「・・・助かった・・・」

 嘘偽りなく心の底からそう思った。

 その後ろでは北川が恐怖など感じることもなく、ただ白目を剥いて気絶・・・いや、今にも息を引き取りそうだった。

 祐一がふと後ろを振り向くと、そんな今にも何処か遠くへ昇っていきそうな北川の姿が目に入った。

祐一:「き、北川く〜ん・・・」

 祐一は遠慮がちに北川の名を呼びかけながら頬をぱちぱちと叩いてみる。

 当然反応はない。

祐一:「返事はない、ただの屍のようだ・・・っじゃねーっ!! おいっ、北川っ!! 目を覚ませっ!!」

北川:「・・・香里ぃ〜、待てよぉ〜♪ ふふっ・・・よ〜し、今そっちに逝くからなぁ〜♪」

祐一:「逝くな逝くなーっ!!」

 北川の目はもうすでにあっちの世界へと旅立ってしまっているようだ。

祐一:「こういう時は・・・確か衝撃を与えれば・・・よしっ」

 意を決し、祐一は叫びながら北川の身体を上空に投げ上げる。

祐一:「秋子さんに教えてもらった技・・・使うときがきたか・・・」

 

秋子:「あらあら・・・北川さん、大丈夫でしょうか?」

 こちらも美汐達同様、休憩タイム。

 クッキーやら、ケーキ、死屍累々の数々と・・・

 今、命が残っているのは名雪と香里の2人。

 真琴、栞はすでに食事に潜んでいたジャムによって死を迎えようとしていた。

真琴:「・・・結婚・・・したい・・・」

栞:「・・・私・・・最後まで笑っていられましたか・・・」

 感動の名シーンをもう一度・・・である。

 今回、奇跡は起こりそうにもないが・・・

名雪:「香里〜・・・」

 名雪が情けない声を上げ、潤んだ目で香里を見つめる。

香里:「な、何よ・・・」

 なおも潤んだ名雪の目は香里を放さない。

香里:「・・・くっ、何が何でも私は絶対に嫌だからねっ」

 なおも・・・

香里:「・・・わ、分かったわよっ! 食べれば良いんでしょっ、食べればっ!!」

 ついに香里が折れる。

 香里は名雪の前の、明らかに普通のオレンジとは少し色の異なるどす黒いオレンジゼリーに手を出す。

香里:「・・・さようなら、お父さん、お母さん・・・先立つ不幸をお許し下さい・・・」

 香里はそんなことを言いながらそれを一口。

 ほぼ同時に香里と名雪が共に倒れた。

香里:「くっ・・・名雪・・・あなた・・・どうして・・・?」

 香里が朦朧とする意識の中、目の前に倒れる親友に訊ねる。

名雪:「うっ・・・香里だけに・・・辛い思いはさせたく・・・なかったから・・・」

香里:「名雪・・・あなたって娘は・・・」

 お互い、目に涙を浮かべ、手を握りしめ合う。

 感動的なシーンにも見えなくもないが・・・死亡原因がジャムである。

 明日の朝刊の一面には『突然死っ!? 一度に4人、死亡・・・ 原因は邪夢・・・』などと書かれているのかもしれない。

 これを読んだ人たちの家に近々秋子さんが現れてジャムを置いて(無理矢理食べさせて)いくのかもしれない。

 『華音町、謎の集団殺人事件っ!? 死体の近くには邪夢が入っていたと思しき瓶が・・・』

 これを見た秋子さんが再び・・・

 ・・・ここいらで止めておこう。

 そうこうしている内に、倒れた者達はすやすやと安らかな寝息を立てて眠りについていた。

秋子:「さて・・・あちらはどうなったんでしょうか・・・?」

 秋子は4人全員が倒れたのを確認すると、戦いの場へと目を向け直す。

 

 白雪をだらりと刃が地面に着くほどに垂らし、祐一は落ちてくる北川に目を向ける。

祐一:「水瀬流・・・残光ざんこう・・・早過ぎたがゆえの凍死・・・」

 叫ぶとともに祐一の脳裏に一瞬、7年ぶりにこの町を訪れたときのことがフラッシュバックした。

 

名雪:「・・・雪、積もってるよ?」

 何事もなかったように俺の顔を覗き込む従姉の少女。

祐一:「・・・」

 反応しない俺。

名雪:「わっ、もう3時だよ〜。 まだ2時くらいだと思ってたよ〜」

 腕に巻いた時計を覗き込み驚いているのか分からないような声をあげる従姉の少女。

祐一:「・・・」

 なおも反応しない俺。

名雪:「・・・これ、あげる。 遅れたお詫びと、再会のお祝いだよ」

 動かない俺の手に無理矢理缶コーヒーを詰め込む従姉の少女。

 しかもコーヒーは冷たい。

 氷でもこの温度にはならないだろうというほどの冷たさだ。

祐一:「・・・」

 なおも動けない俺。

名雪:「私の名前・・・覚えてる?」

 なおも話しかけてくる従姉の少女。

 会話が成り立っていない気がしないでもないが、少女は気にせず続ける。

名雪:「違うよ〜っ。 私、女の子・・・」

 なゆなゆワールド大爆発って感じだな、おい。

 5日も待たされて、すでに死んでしまっている俺には目の前にいる大切な少女を救ってやることさえも出来なかったんだ・・・

 

祐一:「うおーっ!! あの時の恨みだーっ!!

 一部大きく改変された記憶を思い出し、恨みの心で目の前の邪魔者を抹殺する、水瀬流、残光・・・

 簡単に言ってしまえば、ただの八つ当たり。

 しかも記憶は200%祐一のいいように作り替えられている。

 目の前に降ってきた北川の腹を祐一は白雪を振り上げ、切り裂く。

 それが合図となったかのように、祐一の姿が消え、北川の身体に無数の切り傷が生まれる。

 再び祐一が現れたとき、北川は見るも無惨な姿へと変貌を遂げていた。

北川:「ぐはぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁぁあーっ!!!!!」

 北川が断末魔の叫びをあげ、宙を綺麗な弧を描いて舞う。

 そのまま北川は3000mの高さから下の地面まで落下していく。

祐一:「ふっ・・・終わったな・・・」

 祐一は満足げな笑みを口元に浮かべ、その場を後にする。

美汐:「相沢さん・・・北川さんはどうなさったのですか?」

 美汐の問いかけに祐一は答える。

祐一:「あそこから血みどろになって落ちた」

 祐一はそう言いながらシートに座る。

美汐:「でも・・・」

祐一:「なんだ?」

美汐:「相沢さん、北川さんのことこちらへ戻そうとしてませんでしたか?」

 美汐の言葉に祐一はしばし考え込む。

 そして答えは出た。

祐一:「・・・まっ、終わったことはしょうがないよな」

美汐:「そうですね」

 美汐と祐一はそう言って話を終えた。

祐一:「・・・そろそろ殺るか、舞」

舞:「・・・お腹いっぱい、ごちそうさま。 ・・・食後の運動にちょうど良い、相手になる」

美汐:「お粗末様でした・・・頑張ってくださいね、2人とも」

 祐一と舞は立ち上がり、挨拶代わりにお互いの剣をキィンッと軽く当て合い、少し距離を置く。

 何か大事なことを忘れている様な気がする・・・などと考えていたが、舞がこちらへ向かってきたのを確認すると、

 祐一はその思考を頭から消し去り、戦闘モードに切り替えた。

 激しい音を立て、2人の刃が交錯した。

 

北川:「・・・俺・・・何かしたっけ・・・?」

 すっかり忘れられている北川は、地下50mほどまで北川型の穴を空け、そこで埋まっていた。

 真名回はその穴の横の地上でまるで墓標のように、雄大な姿で突き刺さっていた。

 ・・・北川はまだ死んでいない。

 この不死身があれば、最後に笑うのは北川っ!? ・・・なのかもしれない。

 

 

 

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