祐一:「・・・ふぅ」

美汐:「お疲れさまです、相沢さん」

 祐一は息を吐くと同時に背中に背負ったあゆをベッドに横たえた。

 今、祐一たちが居るのは地上から約2653mのところにある小さな寝室。

 先ほどあゆを抱き留めた祐一がふと思ったことがあった。

 あゆが階段をほぼ全壊させてしまったのでどうやって下に戻るかということだ。

 とりあえず近くにあった扉に入り、ブラブラと歩いているとこの部屋を見つけたのだった。

祐一:「・・・とまあ、説明はこのぐらいだな」

美汐:「相沢さん?」

祐一:「いや、何でもない。 それよりも・・・これからどうするかな・・・」

 祐一は美汐の疑問の声を受け流すと、窓まで歩いてゆく。

祐一:「うっわ・・・高いな〜・・・」

 窓から身を乗り出し、外を確認する。

 見渡す限りの青空、碧い海、白い雲、そして舞・・・

祐一:「・・・何も見なかったことにしよう」

 祐一はそう言って窓を閉めようと枠に手を掛ける。

美汐:「・・・どうかしたんですか?」

 その窓を閉めようとする祐一の手を美汐の手が上に合わさり止める。

 そのまま、美汐は祐一の腕の下からひょこっと顔を出す。

美汐:「・・・閉めましょう」

 確認した美汐は間髪入れずにそう言う。

祐一:「・・・遅かったみたいだ」

 祐一はそう言って窓枠の手に力を込め、外へと飛び出す。

 舞はこちらに気付いて平坦な屋根を走ってくる。

美汐:「相沢さんっ!!」

祐一:「天野はあゆを連れて少し離れてろっ!!」

 美汐の叫びに祐一は右手を振り、逃げろとの合図をする。

 その祐一に対し、美汐の冷めた声が届く。

美汐:「・・・素手で川澄先輩と戦うんですか?」

祐一:「へ?」

 祐一は手をひらく。

 ナニモナイ・・・

祐一:「うおっ!! ち、ちょっと舞、待ったっ!!」

舞:「・・・ぽんぽこたぬきさん」

 目前に迫った舞は鎮を大きく振りかぶると祐一の脳天目掛けて振り下ろす。

祐一:「・・・また助かった・・・天野」

美汐:「・・・自分の相棒を忘れないでください」

 だらしなく座り込んでしまった祐一の上で華詩の刃と鎮の刃がぎりぎりと音を立て互いの動きを止めていた。

 美汐は右手で大きく華詩を振り切ることで、舞を吹き飛ばし距離を取る。

 距離のあるうちに左手に持った白雪を祐一に投げ渡す。

祐一:「さんきゅっ・・・で、どうする?」

 起きあがりながら飛んでくる白雪を上手に掴み取る。

 ズボンの汚れを叩きながら、美汐に問いかける。

美汐:「どうするも何も・・・相沢さんの詞はどうなんですか?」

祐一:「おおっ、その手があったかっ」

 美汐の言葉に祐一は目を閉じ、精神を集中する。

 だが・・・

祐一:「・・・ダメだ、何も聞こえない」

舞:「・・・行く」

美汐:「しょうがありません、とりあえず来ますよっ」

 舞が地面を蹴ったと同時に美汐も飛び出す。

 祐一は1人取り残され、剣を構えたまま突っ立っていた。

祐一:「・・・どうしようか・・・」

 1人、答えのでない問いを呟いた。

 

美汐:「はっ!!」

 息と共に華詩の刃が舞の胴を薙ぎにゆく。

 その刃を舞は気にすることなく美汐の懐へ飛び込む。

 舞に華詩が当たる。

 だが、当たったのは刃ではなく、柄の部分。 

 衝撃を物ともせず舞は美汐を切り上げる。

 鎮の下段からの襲撃に美汐は後方へ飛ぶ。

 その攻撃に眉を歪めながらも、美汐は華詩を引く。

 舞は切り上げている状態の鎮から手を放し、下にしゃがむ形になる。

 華詩の刃は空を切る。

 舞は刃が過ぎ去ったことを瞬時に確認、宙を舞っている鎮を掴むと、美汐の咽目掛けて突きを繰り出す。

美汐:「っ!?」

 美汐の目が驚愕に開かれる。

 避けられない・・・殺られるっ?

舞:「殺った・・・っ!?」

 その確信を持ったのも束の間、剣の軌道が大きくズレた。

祐一:「2度も助けられっぱなしなんでな・・・これぐらいしないと格好がつかないだろ」

 祐一は舞の剣を下から切り上げ、流れる動作で舞の腹部に左のミドルを叩き込む。

 剣の軌道のずれによって、一瞬思考の止まった舞に、このミドルは見事に命中・・・したかのように見えた。

 実際、舞は大きく後方へ飛ばされた。

 だが、舞の身体にはほとんどダメージがない。

舞:「・・・びっくりした」

 表情を変えずに舞はポツリと呟く。

祐一:「・・・俺がびっくりだ」

舞:「・・・?」

 舞が祐一の言葉に首を捻る。

祐一:「お前の身体には神経というものがないのか?」

舞:「ぽんぽこたぬきさん」

祐一:「じゃあ、なんで・・・」

美汐:「跳んだんですよ、相沢さん」

 美汐がはぁ、とため息をつきながら横から説明を加える。

 美汐はさらに続ける。

美汐:「川澄先輩がインパクトの瞬間に後方へ下がるのが見えました・・・」

舞:「はちみつくまさん」

祐一:「・・・そんなこと・・・」

 出来ないと一瞬言おうと思ったが、目の前の少女を見て考え直す。

 一度は考えての行動とはいえ、学校の屋上から飛び降りるようなやつだ。

 何が出来ても不思議ではない。

美汐:「・・・わかっていただけましたか?」

祐一:「ああ、十分に」

舞:「・・・話は終わった・・・そろそろ行く」

 いつもの無表情で朗らかに話を終えた舞が地面を蹴る。

祐一:「今度は俺の番だっ。 天野は休んでろ」

 向かってくる舞に視線を合わせながら、美汐に言い放つ。

美汐:「・・・お言葉に甘えさせていただきます」

 美汐は少々考えた末、ポケットをごそごそ漁り、中から何かを取り出す。

 その何かはビニールシートだった。

 美汐はそれをばさっと広げると、その上にちょこんと座る。

美汐:「頑張ってください」

 祐一の後ろでは美汐が手を振り、声援をとばす。

 祐一はツッコミたい衝動を胸に、舞を見据える。

 接近してくる舞に対し、祐一は舞の胴を薙ぐ体勢をつくる。

祐一:「はあっ!!」

舞:「せいっ!!」

 胴を薙ごうとする白雪と脳天を割らんと振り下ろされる鎮が激しい音を立ててぶつかり合う。

 いや、横から入ってきた何者かによって祐一の剣は止められていた。

 激しい音はこの人物の剣との交錯音だった。

北川:「ふっふっふっ・・・川澄先輩のピンチに間に合ってよかったぜ」

 北川はそう言って笑みをこぼす。

舞:「潤・・・」

北川:「川澄先輩、大丈夫でしたかっ!?」

 少しすまなさそう北川の名を呼ぶ舞。

 北川にはその沈んだ表情が「迷惑をかけてすまない」といった風に見えていた。

 実際のところ、北川が突然舞と祐一の間に割り込んできたので、祐一も舞も攻撃を止めることが出来なかった。

 祐一の攻撃は真名回が受け止めたのだが・・・舞の振り下ろした刀は見事、北川の左肩に命中。

 心臓まで届くかという勢いで切りつけたことがその表情の原因だ。

 鎮はまだ北川の肩口に突き刺さったまま。

 だが、北川はぴんぴんしている。

 何故死なないのかという疑問がこの場の北川以外の全員の頭を過ぎる。

舞:「・・・私は大丈夫・・・それより潤が・・・」

 とりあえず現状を知らせようと舞が言葉を放つ。

北川:「大丈夫ですよっ! 2対2なら、まだこっちも勝つ見込みが・・・」

祐一:「おい、北川・・・」

北川:「何だよ? 相沢」

祐一:「最初はグー、じゃんけん、ほいっ」

 祐一のかけ声に北川は反射的に手を出す。

 祐一はパー、北川はグー。

祐一:「あっち向いて・・・ほいっ」

 祐一が自分から見て右、北川から見て左に指を向ける。

 北川はつられてその方向を向く。

 ぐさり

 おそらくそのような音がしたのだろう。

 肩から突き出た刃に顔から突っ込む北川。

美汐:「・・・ご愁傷様です・・・」

 3人が一時、北川の冥福を祈り、手を合わせ黙祷を捧げる。

祐一:「かわいそうにな・・・」

 祐一はそう言うと、鎮を顔と肩から引き抜き、舞に手渡す。

 そして北川の遺体を抱え、屋根の縁まで進む。

祐一:「北川ーっ! 俺は生涯、お前のことは忘れないっ!!」

 そう叫ぶと、北川を抱えていた手をすんなり放す。

 その結果、重力に従い、北川は落ちる。

 約3000mほどの距離を速度を上げながらどんどん落ちる。

 すぐに祐一の視界から北川の姿はなくなった。

祐一:「さっ、あんな奴のことは忘れて、勝負再開だっ!!」

北川:「待てぇぇぃぃいいっ!!」

 祐一が戦闘を再開しようと舞に向き直った時、背後から叫び声を上げ死者が舞い戻ってきた。

北川:「忘れないとか言っといて速攻それかっ!? いや、そんなことより、死んでるか死んでないかも確かめずに落とすかっ!?

   と言うより、お前は死人をこんなところから落とすのかっ!?」

 ゼイゼイと息を切らせながら北川が祐一に対して抗議の言葉を発する。

祐一:「死人は死人らしく・・・死んどけーっ!!」

 祐一はそう叫びながら北川肩に体当たりをかます。

北川:「おわっ!?」

 屋根の端でバランスを崩す北川。

 だが、何とか踏ん張っている。

祐一:「・・・うらっ♪」

 手で宙を掻き、必死で戻ろうとしている北川に対し、祐一は無情にも最後の一押しを加える。

 北川は再び落ちていった。

 その光景を黙って見つめる祐一以下2名。

祐一:「さてと・・・俺達、何やってたんだった?」

美汐:「川澄先輩と相沢さんが戦ってたところです」

 美汐がシートに戻りながら言葉を放つ。

舞:「はちみつくまさん」

祐一:「よしっ、それじゃあ第2ラウンド開始といくかっ」

北川:「・・・ま、待て・・・俺を・・・忘れるな・・・」

 切れ切れの声に後ろを振り返ると、手が屋根の端にしがみついていた。

 近寄って確かめてみると案の定、北川が右手一本で身体の全体重を支えていた。

 右肩の傷はすでに消えている。

 先ほど確かに見えなくなるまで見送ったはずなのに、どうやってここまで上ってきたのかは定かではない。

祐一:「・・・お前もしぶといな」

 呆れたようにそう言って、祐一は北川に手を伸ばす。

 その手を北川はおかしな物でも見るような目で見つめる。

祐一:「どうした、早く掴め」

北川:「・・・俺は夢でも見ているのだろうか・・・?」

 北川は空いている左手で頬を抓ってみる。

 普通に痛かった。

祐一:「・・・やっぱり落ちるか?」

 見上げた祐一の顔は少し本気だった。

北川:「すまん、手を貸してくれ」

 祐一に引っ張り上げられ、北川はほっと安堵の息を吐く。

 美汐が立ち上がり番茶セットをポケットに片づけると、祐一の傍に寄ってくる。

美汐:「これで2対2ですね・・・」

 深刻な顔で言う。

 その手には先ほどからシートの上で囓っていた煎餅が握られている。

 右手に鎌、左手に煎餅。

 微妙なコンセプトだとも思うが、美汐には妙に似合っていた。

舞:「・・・私にも頂戴」

美汐:「・・・はい、差し上げます・・・お2人もどうですか?」

 再びシートをポケットから出し、広げながら、祐一と北川に呼びかける。

 舞はすでにシートに座り、渡された煎餅をポリポリと囓っている。

祐一:「・・・休憩するか?」

北川:「・・・そうだな」

 そう言い合って、皆は少々の休憩に入ったのだった。

 

 

 

 

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