舞がシャンデリアを踏んだ勢いで、螺旋階段へと降り立つ。

 先ほどまで乗っていたシャンデリアが雷の雨に降られ、破壊音を響かせながら崩れ落ちてゆく。

 舞が何かの気配に上を見上げる。

 またも降り注ぐ雷の雨、その奥にちらりと人影が見えた。

舞:「・・・あゆ」

 舞はその人影に向かって小さく呟く。

 相手はその呼びかけに全く気付かず、舞を狙って攻撃を続けている。

 しかし、舞は気付いていなかった。

 この攻撃は・・・

 

美汐:「っ!? 相沢さんっ! 何か降ってきます」

 美汐は遅れて付いてくる祐一に注意を促す。

 階段のダメージがよほど大きいのか、祐一は白雪を杖代わりにして上ってきていた。

 その祐一が美汐の声に上を見上げる。

 綺麗な光だ・・・祐一はその青白く輝く雷の雨を初め、そう思った。

 それも一瞬だった・・・

 その雨が美汐目掛けて一直線に降り注ぐ。

祐一:「なっ!?」

 雨と同時に硝子をまき散らせながら落下してくるシャンデリアの数々。

 祐一はその光の危険性に瞬時に気付くと、背後から美汐を押し倒す。

 倒された美汐の顔が赤くなっているのはお約束だ。

 光が先ほどまで美汐の立っていた場所に突き刺さった。

 その瞬間、階段にその雨の当たった部分を切り抜いたかのように穴が開く。

 次々と降り注ぐ雨が、次々に階段を破壊へと導いていく。

 ものの数秒で、先ほどまで立っていた場所が消滅した。

 祐一と美汐の背に悪寒が走るのをお互いが感じ取った。

祐一:「・・・天野」

美汐:「・・・はい」

祐一:「走るぞっ!!」

 祐一は美汐の返事を聞くか聞かないかのうちに、美汐の手を引き階段を上ってゆく。 

 ここでも美汐の顔が赤いのはお約束だ。

 雨は2人の通った場所を的確に消滅させながら美汐を狙う。

祐一:「はぁっ・・・はぁっ、この攻撃・・・天野を狙うってことは・・・佐祐理さんか舞だよなっ?」

 祐一が息も絶え絶え、足はフル回転で美汐に問いかける。

 美汐は赤い顔をしながらも、息は切らしておらず、平然な顔で答える。

美汐:「おそらくそうでしょう・・・あゆさんがこんなことをする意味はないですから」

 2人の予想は見事に外れていた。

 遥か上空ではあゆが未だに無尽蔵に雷をまき散らしている。

 

秋子:「・・・やはりそうですか・・・」

 秋子がそっと呟く。

香里:「どうなってるんですか? 何故あゆちゃんが美汐ちゃんに攻撃を?」

 必死に雷を避けている祐一達を横目で見ながら香里が秋子に訊ねる。

 向こうでは栞と真琴、名雪が危ないやら何やらと叫びながら対戦に見入っている。

 香里達、ゲーム外の人間にはこの城は透き通って見えるので、何処に誰がいるか一目瞭然だ。

 先ほど降ってきていたシャンデリアが下で倒れている北川の上に落下したのもよく見えた。

 まだ生きているなどと誰が信じられるだろうか。

 シャンデリアから未だに真名回の刃が覗いていることが幻のようにさえ思えてくる。

 とりあえず、北川はまだ生きているようだ。

 秋子は香里の方へ顔を向けて話し出す。

秋子:「先ほどのあゆちゃんの呪文・・・もしかしたらと思ったんですけど・・・

   自分より胸の大きい女性が対象になっているようなんです。

   ですから美汐ちゃんもその対象なんです」

 秋子は笑みを絶やさず香里に説明する。

 香里は考える。

 この中であゆより胸の小さい者を・・・思いつくのは自分の妹ぐらいだろう。

香里:「・・・栞、たまにはそれも良い物よ・・・」

 香里は意味深に頷きながら、頭に?を浮かべる栞の頭を撫でた。

 

舞:「くっ・・・」

 左肩が痛む。

 先ほど、階段から通路に入ろうとしたときに少々かすったようだ。

 右手はまだ動く・・・まだやれる。

 舞はそう思いながら、自身を追ってくる雷の羽根を切り捨てる。

 羽根は地面に落ちると、元のほのかな桃色の羽根へと姿を変えた。

 この剣、何で出来ているんだろう・・・舞の頭に疑問が浮かぶ。

 普通、電気を切れば、感電するだろう。

 だが、すぐに考えることを止めた。

 これを作ったのは秋子なのだから・・・と自分に言い聞かす。

 舞は右手の鎮をぎゅっと握り直した。

 

祐一:「うおっ!?」

 また1つ階段に穴が開く。

 祐一が走りながら叫び声を上げる。

 前を走る美汐がその声に振り向こうとするが、止まった途端、雷は美汐に襲いかかるだろう。

 美汐は内心、舌打ちながらも螺旋階段を上り続ける。

 祐一も少し遅れながら(と言ってもほぼ美汐の隣)走り続ける。

 2人の目的はこの雷の発生源を潰すこと。

 2人の考えの上では舞か佐祐理。

 まさかあゆが実行者だとは夢にも思っていない。

 その2人が延々と続く階段を、やっと頂上が見えるほどまで上がってきた。

美汐:「相沢さんっ、見えましたよっ」

祐一:「お、おうっ・・・や、やっと頂上だな・・・」

 普段と全くと言ってよいほど変わらぬ美汐が、へとへとの祐一に対して話しかける。

 祐一は上も見上げずに相づちをうつ。

美汐:「あの・・・私たち頂上を目指していた訳じゃありませんよ?」

 美汐が何百枚目かの雷を華詩の刃で切り裂きながら言う。

祐一:「・・・そう言えばそうだった。 舞か佐祐理さんを倒すんだったな」

 祐一がそう言って上を見上げる。

 天井近くに人影が見える。

 だが、この辺りのシャンデリアは全て破壊されており、壁に灯ったライトの光量だけではその人物の明細な姿までは見ることが出来ない。

祐一:「・・・誰だ・・・?」

 祐一が呟く。

美汐:「・・・ここからだと雷のせいでよく見えません」

祐一:「まぁ、いい。 あそこまで行けばわかることだ」

 美汐がこくりと頷く。

 祐一と美汐、あゆまでの距離、残り約500m。

 

 ばたん

 舞が走りながら後ろ手に扉を閉める。

 その扉を瞬く間に雷が消滅させる。

舞:「・・・どうしよう」

 先ほどから舞は同じところをぐるぐると回っていた。

 羽根は執拗に舞を追う。

舞:「・・・」

 舞はしばらく悩んだ後、側面の窓に手を掛ける。

 そして確認もせず、そのまま外に飛び出す。

 幸いすぐに下に足が着く。

 舞を追って羽根が窓から飛び出す。

 舞はすっと身構えた。

舞:「・・・来る場所が分かれば・・・何とかなる」

 そう呟いた途端、舞の姿が消える。

 再び舞の姿が現れたとき、窓から出てきた羽根は元の姿へ戻り、地面に落ちていた。

舞:「・・・終わった」

 そう言う舞の表情は何かをやり遂げた後の達成感に溢れていた。

 右手の甲で額に浮かんだ汗を拭う。

 まだ何も終わってはいないのだが・・・

 そのことに舞が気付いたのは5分ほど後のことであった。

 

祐一:「なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「な〜んで、あゆなんだ?」

美汐:「・・・何となくやってみたかったんでしょうか?」

祐一:「いや、しょうか?って聞かれてもな・・・」

 今、祐一と美汐は雷の羽根を発生させる張本人、あゆの姿を目視できる位置まで上ってきていた。

 会話とは裏腹に、腕と足は降り注ぐ羽根を切り裂き、避ける為に必死で動いていた。

祐一:「なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「一度あゆのこと呼んでみるか?」

美汐:「それもいいんじゃないでしょうか?」

祐一:「あゆーっ!!」

 降り注ぐ雷の雨の中、祐一の声にあゆの顔が振り向く。

祐一:「なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「俺、あゆに何かしたか?」

美汐:「数え切れないほどに・・・」

祐一:「そうだな・・・」

 上を見上げれば、満開の桜のようにひらかれたあゆの翼。

 その翼から舞い落ちる雷の雨。

 その量は祐一の呼びかけの後、倍以上にふくれあがった。

祐一:「なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「そろそろやばくないか?」

美汐:「そろそろどころではないでしょう・・・」

祐一:「・・・」

 不意に降ってくる夕立を思わせる雷はすでに祐一と美汐の視界いっぱいに広がっている。

 視界の見える範囲全てが雷の光で覆われている。

祐一:「なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「・・・死ぬかもな」

美汐:「・・・絶対に死ぬでしょうね」

祐一:「・・・」

 雷の羽根は祐一と美汐を囲い、じわじわとその距離を縮めてきている。

 祐一と美汐は背中をあわせ、羽根を切り落としていたが、羽根の増えるスピードの方が速い。

祐一:「・・・なぁ、天野」

美汐:「・・・なんでしょうか?」

祐一:「・・・あゆのこと・・・殺っていいか・・・?」

 祐一の突然の言葉に美汐は少々戸惑った。

 祐一は何があっても女の子に危害を加えることはしないと思っていたからだ。

 真琴などに軽く叩くことはあっても、本気でやったことなどは一度もなかった。

 不思議に思った美汐は祐一に真意のほどを聞こうと振り向く。

 だが、祐一の悲しそうな、それでいて苦しそうな顔を見て全てが分かった。

 ・・・あゆさんをこのままにしておけないんですね。

 美汐はふっと表情を緩ませ、言った。

美汐:「・・・仕方ありません・・・後で謝ってあげてください」

祐一:「・・・あゆ、後でたい焼き奢ってやるからな・・・」

 そう呟くと、祐一は身体の前に、白雪を横にして構える。

 そっと目を瞑る。

 その間も羽根はじわじわと2人を押し包んでゆく。

祐一:「・・・織姫は奏でる、悲しみの詩を。 彦星の呼ぶ声も届かず・・・七の七の日、巡り会うことを信じ、今も詠い続ける・・・

   風は運ぶ・・・天の川を越え、2人の元へ、互いの思いをっ!!」

 祐一はそう唱えながら白雪を右手で一閃。

 その剣閃は難なく目の前に立ちはだかる羽根の檻を断ち切る。

 いや、剣閃以上に、その剣を振った風圧によって羽根が舞ったのだ。

 風はそのままあゆへと向かって一直線に走る。

あゆ:「・・・消えて」

 あゆは一言そう言って腕を祐一に向けて伸ばす。

 背中の雷の羽がいっそう大きくひらかれる。

 そして、その雷の羽が一斉にあゆの身体から離れる。

 離れた羽はあゆを包み込むように集まる。

美汐:「あれでは届かないのではないでしょうか・・・?」

 いつもの調子で美汐が問いかける。

祐一:「・・・届くさ。 年に一度っきりじゃないけどな」

 そう言って祐一は白雪の刃を降ろす。

 そして、真横の美汐にも聞こえないほどの声で囁いた。

祐一:「あゆ・・・ずっとそばにいてやる・・・」

 その呟きと同時、桃色の羽根が空を舞い、1人の少女が愛する者の手の中ですやすやと眠りに落ちた。

 

 

 

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