祐一が心配事を胸に家の中へと入ると内部の構造が少しだけだが変わってしまっていた。

 玄関を入ったところに1つ、見慣れない扉が新しく出来ていた。

祐一:「・・・もう何も言うまい・・・」

 祐一は諦めたように言葉を吐き出すとおもむろにその扉に手を掛ける。

 扉は鍵もしておらず、簡単に開いた。

祐一:「しかし・・・さすがにこれはやりすぎだろ・・・」

 祐一は目の前の光景に唖然とした。

 大理石らしい装飾のなされた大きな柱に円形のフィールド・・・中世のコロシアムらしきものがそこにはあった。

 大きさも半端ではない。

 東京ドームがいくつ入るだろうか・・・

 明らかに水瀬家よりも大きい。

 祐一はその空間を進んでいく。

名雪:「祐一〜、何してるの〜」

 祐一が闘技場らしきものの中腹に差し掛かった時、後ろから名雪の声が聞こえてきた。

祐一:「いや、どのくらい広いのかと思ってな」

名雪:「もうみんな来ちゃってるよ〜?」

祐一:「わかった、すぐ戻る・・・」

 祐一が扉へ戻ってこれたのはそれから5分ほど経ってからだった。

 

祐一:「な・・・なんであんなに広いんだ・・・っていうか俺あんなにも歩いてないぞ・・・」

 祐一は荒く息を吐きながら考えてみる。

祐一:(俺は歩いて2分ほどで中腹に差し掛かかった、帰りには全力疾走を含めて5分・・・)

   「絶対におかしいじゃないかっ!?」

真琴:「今の祐一が一番おかしいわよ」

 見上げると真琴と名雪がおかしなものを見るような目で祐一を見ている。

名雪:「息をハァハァさせながらいきなり『おかしいじゃないかっ!?』なんて叫ぶなんて・・・おかしい、って言うよりか危ない人だよ〜」

 名雪の的確な指摘。

 祐一は名雪と真琴の頬をつねりながらリビングへと連れて行く。

 後ろから抗議の声が聞こえるが「ひゅうひぃひ、ひはいお〜」や「ひはひ、ひはい」など、日本語に聞こえないので放っておくことにする。

 祐一がリビングの扉を開けると、華やかな女性ばかりが目に映る。

北川:「お〜い、俺もいるぞ〜」

祐一:「男性など祐一の他には、誰もいない」

北川:「勝手にナレーションを入れるなっ!! それに男なら俺もいるだろっ!!」

祐一:「おお、北川じゃないか。 奇遇だな、どうしたんだよこんなところで?」

 祐一がさも今気付いたかのような口振りで北川の方を振り向く。

北川:「うう・・・どうせ俺は影が薄いんだ・・・」

 北川はブツブツ呟きながら部屋の端で丸くなってしまった。

香里:「ふぅ、相沢くんもあんまり北川くんをいじめないでおきなさいよね・・・」

 そう言いながら香里が近づいてくる。

 後ろでは栞が北川を慰めている。

香里:「どうでもいいけど、名雪と真琴ちゃん、いい加減に放してあげたら?」

 香里はそう言って祐一の後ろで頬が伸びた2人を指さす。

 祐一が振り向くと、2人は目をつり上げて怒っている。

祐一:「す、すまんっ。 すっかり忘れてた・・・」

 祐一は2人を放して謝った。

 だが、2人の怒りはその程度では済まなかった。

真琴:「忘れてたじゃないわよぅっ!!」

名雪:「そうだよ〜、痛かったんだよ〜」

秋子:「はいはい、皆さん、その辺りで止めても良いですか?」

 秋子が祐一のピンチに救いの手を差し伸べたかのように見えた。

 だが、その言葉は祐一をさらに窮地に追い込むだけだったのだ。

秋子:「ちょうどいいですからこれで勝負しませんか?」

 秋子は楽しげに手を開いてみせる。

 その中には・・・

 

秋子:「では2人とも、祐一さんを相手に練習してみてくださいね」

 秋子の声が闘技場内に響き渡る。

 今祐一がいるのは先ほど祐一が迷い込んだ闘技場の中。

 目の前には名雪と真琴が・・・他の連中は観客席でゆったりとくつろいでいる。

 秋子はあの後、全員にあれを配った。

 その後、祐一は名雪と真琴の相手をする事になった。

 その原因は先ほどのケンカ・・・秋子の「決着はこれで・・・」という言葉に祐一以外の全員が頷いたからだ。

 全員、秋子の説明を聞き興味をそそられたのだろう。

 祐一が負ければ2人にはそれぞれの好きな物を好きなだけ奢るという条件つきだ。

 秋子の渡した物の形状は人それぞれで、あゆは天使の羽、名雪はイチゴなどなど・・・

 名雪と真琴はそれぞれ持っている物を振るう。

 形は名雪はイチゴ型のブローチ、真琴は鈴の付いたゴムだった。

 一瞬にしてそれぞれの手には獲物が握られる。

 元の形だけでなく武器自体の形状も違う。

 名雪のイチゴは祐一の白雪以上に細身の剣、一般にレイピアと呼ばれる突きを攻撃の主体とした剣に変化した。

 剣の末端の部分にはイチゴに似た形の赤い原石が埋め込まれている。

 イチゴの名残か、それは刀身から柄までもが真紅色に染まっている。

 イチゴの色と言うより血の色だと祐一は感じたが。

 対して、真琴の鈴は短剣へと変化した。

 その刀身はフックのように曲がっており名雪のレイピアとは違い斬りやすい形になっている。

 その短剣は真琴の腕に現れた腕輪と鎖で繋がっている。

 鎖の1つ1つが鈴になっているのか、鎖が擦れ合うたびにちりんという鈴の心地よい音色が聞こえてくる。

秋子:「祐一さんも準備をしてくださいね」

 秋子の言葉に祐一が我に返った。

 相手の武器の観察に夢中で白雪を出すのも忘れていた。

祐一:「あ、すみませんっ・・・彼の者、白の大地に降りそそぐ、冷厳なる雪の冷たさを知らん・・・」

 瞬間、祐一の目の光が失われたように見えた。

 祐一は目の前に手をかざし聞き慣れない言葉を紡ぎだす。

 すると、目の前に祐一の剣、白雪が現出した。

 祐一はそれを掴む。

秋子:「あら、祐一さん・・・私、そんな言葉教えましたっけ?」

 珍しく秋子の顔が少し驚きの表情を見せる。

祐一:「え・・・ あ、いや、何となく口が勝手に・・・」

 祐一は目覚めたばかりのような夢見心地で秋子を見ていた。

 このことには祐一自体も驚いていた。

 何故かは分からないが自然と口から発せられた言葉・・・

 祐一は少しの間考え込んでいたが、すぐに考えることをやめた。

 考えても一向に答えが見つからないからである。

秋子:「・・・祐一さん・・・誰にでも好意を持たれやすいんですね・・・」

 秋子はそっと1人呟く。

 その目は微笑んでいた。

真琴:「秋子さ〜ん、もう始めて良い〜?」

 真琴の声に秋子はふと我に返った。

秋子:「あ、そうですね。 

   では・・・ 戦闘設定、制限時間無制限、チーム2−1 名雪&真琴vs祐一、モードN.D. 戦闘ダメージ0、戦闘終了条件all erase、戦闘開始」

 秋子は目の前に置かれたパソコンに条件を打ち込む。

秋子:「今回のルールは先ほどの私と祐一さんとの戦闘とは違い、名雪と真琴 対 祐一さんのタッグバトルとなっています。

 祐一さんは2人を、2人は祐一さんを倒せば勝ちです。

 そしてもう一つ、この戦いでは名雪と真琴は傷はおろか、痛みも感じません。 女の子用ですね。

 ですが、ダメージを喰らえば喰らうだけ身体が動きにくくなりますよ。

 負けた人は武器が元の姿に戻りますからすぐにわかると思います。

 祐一さんは先ほどの戦闘とほぼ同じですね」

 秋子はそれだけ言うとEnterキーを押す。

 パソコンのall clearの表示と共に真琴が飛び出す。

 祐一は動かない名雪に注意を払いながらも真琴の攻撃に備え白雪を構える。

真琴:「化鈴かりん、いっくわよーっ」

 真琴は手に持った曲刀、化鈴を大きく振りかぶると・・・投げた。

祐一:「なっ!?」

 祐一は飛んでくるそれを難なくかわす。

 真琴との距離は10mほど、祐一の後ろで化鈴がからんと音を立てて落ちる。

 祐一は唯一の武器を投げつけてくる真琴の神経に驚きながらも真琴との距離を詰める。

 真琴を射程距離に捉え、祐一が白雪を振り上げようとしたその時、真琴がうっすらと笑みを浮かべた。

 祐一には始め、その笑みの理由が分からなかったが、白雪が真琴に触れる直前、全てを理解した。

 身体が動かないのだ。

 まるで何かに縛られているかのように。

真琴:「ふふっ・・・祐一、捕まえたーっ!!」

 真琴は腕輪の付いた右腕を大きく後方へ引っ張る。

 すると、祐一の身体が真琴を越え、大きく吹き飛ぶ。

祐一:「がっ・・・」

 祐一は受け身もとれず、地面に勢いよく叩き付けられる。

 そんな祐一を見て、真琴はあゆと栞よりはある胸を反らして話し出す。

真琴:「ふっふっふっ〜、どうよ、真琴の化鈴は〜」

祐一:「・・・?」

 祐一はそんな真琴を見上げて1つおかしなことに気付いた。

 鎖がないのである。

 先ほどまでちりんちりんと盛大に音を立てていた鎖が何処を探しても見あたらないのである。

真琴:「ん? あ、やっと気付いたようねぇ。 化鈴の付いてた鎖・・・何処に行ったか分からないでしょ〜♪」

祐一:「たぶん今その鎖が俺を縛ってるんだろうな・・・」

真琴:「ええっ!? な、なんで知ってるのよぅっ!!」

祐一:「当たりか・・・」

 祐一は自分の身体を見渡してみる。

 だが、そのような鎖は見あたらない。

 しかし、何かが締め上げてくる圧迫感だけは確かに感じる。

真琴:「祐一〜、私を騙したのね〜」

祐一:「こういうのは騙されるほうが悪いんだよっ!!」

真琴:「許さないんだからっ!!」

 真琴は再び祐一を振りとばす。

 祐一は為すすべもなく再び大空高く舞い上がる。

祐一:「・・・どうするか・・・頭から落ちれば俺の負け・・・そして財布の中身は空っぽ・・・」

 祐一は空中で考え込む。

 その間にも地面との距離はどんどん近づいてくる。

秋子:(真琴の化鈴・・・あれの鈴鎖りんさは特殊音を発生させ、その音が耳から脳へ浸透し、視覚神経へと影響を及ぼします。

   その結果、対戦相手には鎖が見えなくなるんですが・・・分かったところであれはちょっとやそっとの攻撃では切れませんよ)

   「・・・どうしますか? 祐一さん」

 祐一はずっと考え込んでいた。

 無心に。

 眠ってしまうほどに・・・

 するとなにやら声が聞こえてきた。

 脳の中に響くような美しい歌声。

 「・・・風の流れに身をゆだね、白き兎は舞い踊らん・・・」

祐一:「・・・風の流れに身をゆだね・・・白き兎は舞い踊らん・・・?」

 祐一が歌う。

 小さな風が生まれた。

 その風が少しずつ少しずつ集まり・・・

 大きな風が生まれる。

 それは祐一を中心として辺りを巻き込み荒れ狂う。

真琴:「きゃっ、スカートがっ」

 スカートを押さえ、真琴が踞る。

 だが真琴の小さな身体を風に乗った白い雪の結晶が無情に切り刻んでいく。

 名雪は風の範囲外にいたので助かったが、風が治まったとき真琴の化鈴は元の姿に戻ってしまっていた。

秋子:「真琴はゲームオーバーですね・・・」

   (それにしても・・・祐一さん・・・よくここまで早く『あの子』を・・・)

 祐一が風と共にふわりと地面に降り立つ。

祐一:「・・・なんだったんだ・・・今の・・・? いや、そんなことより・・・真琴、大丈夫かっ!?」

 祐一が真琴へ向かって駆け寄っていく。

真琴:「あ、あう〜・・・負けちゃった・・・私の肉まんが〜・・・」

祐一:「・・・はぁ、心配なさそうだな・・・」

 祐一は真琴の無事を確認すると今まで黙していた名雪に目をやる。

 名雪は下を向いて動かない。

 レイピアもだらりと下に下げたままだ。

祐一:「名雪・・・?」

 祐一の問いかけに名雪が顔を上げる・・・その顔は・・・!?

 

 

 

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