ぞくりと背筋が凍るような寒気がする。
そんな感覚に捕らわれて、ふと振り返る。
そこには解けた髪を舞わせながら詞を紡ぐ秋子の姿があった。
舞は事前に話し合ったのか、城の中へと避難を完了しこれから起こるであろう事に対し、舞にとってこれ異常ないほどの防御態勢をとっている。
近づいて見れば、肩を震わせていることが分かったかもしれない。
秋子:「・・・さぁ・・・どこまで殺れるのか・・・試させてもらいます・・・」
豹変した秋子の言葉にはいつもの穏やかさは微塵も感じられない。
それどころか、目を離した途端に死を受けるかのような威圧感に襲われる。
香里が半歩下がる。
本人に自覚はないのかもしれない。
だが、祐一自身今の秋子を相手にして勝てる自身は全くなかった。
生唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえる。
・・・逃げないと
祐一がそう香里に声をかけるよりも早く、非情な秋子の声が響いた。
秋子:「・・・来ないのならこちらから行きましょう・・・」
祐一:「っ!? 逃げろっ、香里っ!!」
足を動かす動作も無しに、秋子がするすると近づいてくる。
背後で動きを完全に止めてしまっている香里に叫び、祐一が前に飛び出す。
祐一:「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
声を荒げ、刃を振り下ろす祐一。
だが、恐怖に塗りつぶされた剣撃はいつもの威力も速度もなく、虚しく空を斬る。
秋子の顔が祐一の顔に近づく。
秋子:「・・・駄目ですよ・・・如何なる時でも平常心を失っては・・・」
秋子の手が祐一の腹にそっと触れる。
香里と同様に祐一が吹き飛ばされる。
ただし、今回の掌底は相応の威力が込められていたようで、祐一の腹が悲鳴を上げている。
祐一:「・・・風」
痛む身体で祐一はそう感じた。
例えて言うなら、ぱんぱんの風船を中から割れないように針で一点だけ穴を開けた感じ。
風船が秋子の周りの空気膜、中の針が秋子の掌底だ。
祐一:「・・・よしっ」
痛みによって冷静になった頭で考える。
香里は・・・動けないだろうな、舞も同じだろう。 元から敵なので期待は出来ないのだが・・・
・・・俺が殺るしかないか。
上手い具合に着地に成功、それと同時に地面を蹴って前に出る。
秋子:「・・・向かってきますか・・・。 業火の指輪よ、誓いの儀式を・・・」
秋子の周りにCDに炎をつけたような輪がいくつも現れる。
それらが一斉に祐一目掛けて向かってくる。
祐一:「なぁっ!?」
飛んで来る無数の炎の指輪。
必死でそれらを白雪で叩き落とす祐一。
だが、足を止めた祐一のその瞬間を秋子が見逃すはずなかった。
秋子:「・・・続縁・・・雷の指輪、汝と共に歩まんことを・・・」
同じような雷の輪が秋子の周りを埋め尽くす。
当社比1.5倍くらいの量だ。
秋子:「・・・逝きなさい」
秋子の声に反応して第二派の指輪群が祐一を襲う。
炎の輪を打ち落とした直後の祐一にまたもや雷の輪が襲い掛かる。
祐一:「爆弾低気圧っ!! ・・・って何っ!?」
頭に流れ込む詞を必死で読み上げる。
意味も分からずに。
爆弾低気圧を説明すると・・・
佐祐理:「爆弾低気圧とは温帯低気圧のうち爆発的に発達する低気圧の名称です〜。
主に冬期に発生し、佐祐理達の国付近すなわち太平洋西端海域と、大西洋西端海域が主な発生地なんです〜。
定義としては、緯度60度を基準にとって、
緯度φの所で中心気圧が24時間に24(sinφ/sin60)hPa以上降下した温帯低気圧を爆弾低気圧とするみたいです〜」
・・・とのことである。
筆者は全然分かっていないのであしからず・・・
詞の結果、祐一の周りに突然強烈な低気圧が発生する。
一斉に向かってきた稲光が風に舞い上げられ四散する。
だが、この詞には1つの欠点があった。
自分の周りだけでなく自分自身も気流の中に巻き込まれてしまうのだ。
つまり・・・
祐一:「うおおおぉぉぉぉっぉおぉっっっ!!! 目が開けてらんねぇっ!? 身体が浮き上がりそうっ!?」
・・・と、まぁ、こうなるわけであり・・・
秋子:「ふふ・・・隙だらけですね」
・・・と、こうなる。
秋子が必死に足を地面から話さないよう踏ん張っている祐一に、滑るように近づいてくる。
秋子:「・・・これで終わりです」
顔に笑みを張り付かせ美影を大きく薙ぐ。
祐一の首が飛んだ。
首が上昇気流に乗って上空高く舞い上がる。
紅い液体が荒れ狂う気流に乗り辺りに飛び散る。
その液体が秋子の頬を濡らす。
その液体を指で掬い取り、その指から舐めとる。
秋子:「少し物足りなかったですね・・・あとは香里ちゃんだけね」
そう言うと片膝を着いた状態で戦意を無くしている香里に秋子が近づいていく。
逃げなきゃ・・・
そう思い、香里は立ち上がると秋子に背を向け走り出す。
秋子:「・・・契りを交わそう・・・永遠に離れることの無いように・・・」
秋子が詞を紡ぐ。
すると香里の足がそれ以上前に進まなくなった。
いや、進まなくなっただけでなく徐々に秋子の方へと引きずられていく。
香里:「・・・い、いや・・・助けて・・・」
秋子との距離がどんどん狭まっていく。
10m・・・5m・・・4・・・3・・・2・・・
その時だった。
空中から凄い速度で落下した物体が秋子の胸を貫いた。
鮮血を吹き出し倒れ伏す秋子。
そんな光景をおびえた表情で見つめる香里。
その耳に不格好な声が聞こえる。
その声は徐々に大きくはっきりと聞こえてくる。
?:「うがあああぁぁぁぁああぁぁぁっっっ!!!」
叫び声を残し、人が空から降ってきた。
その人物は見事に地面に激突、息を引き取った。
その瞬間、秋子に突き刺さっていた物体が音もなく消え去った。
その事には気付かず、香里は地面に突き刺さったままの人物に目を奪われていたのだが、ふと目の前の地面にあるものを見つけた。
香里:「これって・・・」
香里がそれに触れた瞬間、辺りの景色がそれまでの森から水瀬家に突如として現れた特大ドームへと姿を変えた。
そして高らかな宣言。
佐祐理:「うぃな〜〜〜〜〜〜〜・・・美坂香里〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
楽しそうな笑みを浮かべながら佐祐理が操作席から降りてくる。
そして辺りに散らばった死体達に向かって言った。
佐祐理:「ゲームは香里さんの勝利です。 皆さんお疲れ様でした〜」
むくりむくりと起きあがり始める人々。
まだ信じられないといった表情の香里の目の前で秋子が微笑んでいる。
先ほどまでの凍て付いた笑みではなく、いつもの何もかもを暖かく包み込むような笑みでだ。
秋子:「ふふ・・・私が負けるだなんて・・・年は取りたくないですね」
頬に手をやりながらそう言った。
そして空いた手で香里を起きあがらせる。
秋子:「香里ちゃん? 大丈夫?」
秋子の顔が曇る。
その頃になってようやく香里の思考が追いついてきた。
香里:「あ・・・えと、大丈夫です。 名雪のお母さんこそ・・・」
秋子:「私は大丈夫ですよ。 ・・・そう言えば祐一さんは・・・?」
その一言で二人が辺りを見渡す。
いた。
無惨に潰れた肉塊二つ。
寄り添いながら真っ白に燃え尽きていた。
北川:「・・・なぁ、相沢」
祐一:「・・・なんだ、北川」
北川:「夢ってさ・・・叶わないから夢って言うんだよな・・・」
祐一:「・・・そうかもしれないな」
どんよりとした空気を身体に纏わせ、二人は寝転がっていた。
膨らんでいたお楽しみが一気に萎れていくのがわかる。
香里:「二人とも、シャンとしなさいよ」
いつの間に移動したのか香里が二人の傍らに佇んでいた。
目線だけを動かし、二人が揃ってため息を吐く。
香里:「ったくもう、辛気くさいわね・・・ほらっ、今日はもう寝るわよ」
祐一:「はぁ・・・行くか、北川・・・」
北川:「・・・おう」
二人はお互いを支え合いながらこの部屋を出ていった。
秋子:「あらあら、二人ともお疲れみたいね」
香里:「・・・たぶん違うと思います」
二人の男の夢をうち砕いた少女が秋子の言葉を否定する。
香里:「それにしても、あの時相沢くんにトドメを刺さなかったんですか?」
香里が不思議そうに秋子を見つめる。
あの時、秋子の胸部を貫いた剣は祐一の白雪だった。
そのあと本人は、白雪を手元から放したせいで落下の衝撃を緩める事が出来ず地面に激突、結局は死亡したのだが・・・
香里:「あの時、首を切断しませんでしたか?」
秋子:「そのつもりだったんですけどねぇ・・・」
どうしてかしら?といった表情で小首を傾げる秋子。
佐祐理:「佐祐理が説明しましょうか〜?」
あははーの効果音を背景に佐祐理が舞を引き連れてやってきた。
舞は秋子を見て一瞬身を退いたが、秋子の微笑みを見て気を持ち直したようだ。
香里:「おねがいします」
佐祐理:「了解です。 でも申し訳ありませんが、説明は出来ないんですけど・・・」
そう言うと佐祐理は操作席まで駆け寄り、パソコンの画面を操作する。
すると、先ほどの戦闘が画面いっぱいに映し出された。
秋子が美影を振りかぶり・・・祐一の頭が吹き飛ぶ瞬間に佐祐理が画面を止める。
佐祐理:「風ではっきりとは見えませんけど・・・これは首じゃないと思うんです」
キーボードを操作し、画像を拡大する。
その分、画像は荒くなるが人の頭と手の区別くらいはついた。
祐一の身体から切り離されていたのは首ではなく美影の刃を受けた右腕だった。
秋子が賞賛の息を吐く。
秋子:「私の薙ぐ攻撃に合わせて身体を移動させ、上昇気流と私の攻撃ベクトルを利用して上空へ跳んだわけですか・・・
腕一本を犠牲にして・・・」
映像を見て一瞬で理解した秋子も秋子だが、それ以上に香里には祐一のことを凄いと感じた。
何故ならば、秋子の薙ぎの攻撃を香里は影が走ったようにしか見えていなかったのである。
気付いたときには空から盛大な血飛沫。
秋子:「・・・それにしても、少し甘く見てましたね。 ・・・明日が楽しみです」
香里:「明日・・・ですか?」
何か予定があったかどうか記憶の糸を辿りながら秋子に尋ねる。
秋子:「あら、私そんなこと言いましたか?」
香里:「いいえ、言ってません」
背後に邪悪な気配を漂わせている秋子には手を出さないのが身のためだと感じ、香里は口を閉ざす。
秋子:「さて、皆さん、もう寝る時間ですよ」
そう言って秋子が辺りを見回すと、あゆと真琴、それに美汐は戦闘終了のときの格好のまま既にすやすやと寝息を立てていた。
あらあらと呟き、秋子があゆと真琴を肩に乗せ、美汐を抱きかかえると行ってしまった。
舞:「・・・すごい」
香里:「秋子さんだし・・・ね」
二人が呆気にとられて秋子の去った扉を見つめていると、笑みを浮かべた佐祐理が言った。
佐祐理:「さぁ、舞も香里さんも、もう寝ましょう」
その声に頷いて三人が部屋を出ていく。
階段を上がったところで佐祐理と舞にそれではと会釈をする。
舞と佐祐理も会釈を返すと二人は祐一の部屋へと入っていく。
大所帯のため、部屋割りは舞と佐祐理が祐一の部屋、名雪、栞、香里が名雪の部屋、真琴の部屋に美汐と真琴、秋子は秋子の部屋。
そして、男二人はリビングのソファーに寝転がっているというわけだ。
香里はそっと扉を開ける。
名雪の部屋の中は静まりかえっている。
暗闇が支配したその部屋からは静かな寝息が聞こえてくる。
香里:「・・・ま、当たり前か・・・」
名雪の部屋の至る所に置かれた時計の軍団はちょうど午前零時を刺したところだ。
名雪はともかく、栞でさえも眠っていておかしくない時間だ。
香里:「・・・あたしも寝よ・・・」
そう呟いてふとポケットの中のテープに気が付いた。
戦闘前に祐一との約束を録音したテープである。
数秒それを見つめるとそれをゴミ箱に放り投げる。
香里:「・・・まぁ、秋子さんを倒したのは相沢くんなわけだし・・・北川くんにはもう制裁は加えたから・・・」
暗闇で照れ隠しのためにぶつぶつと呟きながらベッドの中に潜り込む香里。
横では名雪と名雪に抱かれたままの栞が仲良く寝息を立てている。
香里がふと思う。
何故このベッドに三人もの人が収容出来るのかと。
だが、次の瞬間には考えは消えて無くなった。
秋子だからということで丸く収まったからなのか、疲れて眠ってしまったからなのか。
水瀬家の長い一日がようやく終わった。
皆は一時の安息をゆっくりと味わっていた。
明日には再び戦いが始まるとも知らずに・・・
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