祐一:「・・・ということで、明日は秋子さんの誕生日だったりする」
ここは水瀬家二階、居候相沢祐一の部屋である。
部屋には部屋の主である祐一、従姉の水瀬名雪、
居候2号の狐娘沢渡真琴、晴れて秋子の養子となったにも関わらず名字がそのままの月宮あゆが一同に会していた。
だが、祐一の何の脈絡もない、いきなりの言葉に全員が目を丸くして驚いていた。
それもそのはず、祐一からの招集がかかり部屋へと集まった途端、先ほどの言葉をかけられたのだ。
真琴:「何が『・・・ということで』なのかが全然わかんないわよぅ」
当然のように真琴から非難の声が響く。
これを祐一は懐から取り出した肉まんを渡すことにより速攻停止させる。
真琴は嬉しそうに肉まんの包みを開いている。
名雪:「あ、そっか〜。 明日はお母さんの誕生日だったんだ〜」
秋子の娘である名雪は本気で今気付いたかのような声を上げ、顔を綻ばせている。
おそらく本当に今気付いたところなのだろう。
祐一が言わなければ、来年になっても気付かないままだったかもしれない。
あゆ:「うぐぅ、それじゃあ早くプレゼント買いに行かなくちゃっ」
あゆがそう言いながら急いで扉を開け、外に飛び出そうとする。
ちなみに開けているのは窓だ。
祐一はあゆが窓から出ていったのを確認すると鍵を掛ける。
祐一:「・・・まぁ、今年の秋は暖かいから大丈夫だろ。 しかし、昔の癖がまだ直らないのか・・・」
祐一は窓の外、涙目で硝子を叩くあゆの向こう側に目をやった。
空からは秋らしくもない粉雪がちらちらと舞い落ちてきていた。
名雪:「昔の癖って?」
祐一は名雪の問いに少し考えたふりをして、外のあゆを指さした。
祐一:「ちょっと前にあいつ、俺に夜這いを・・・」
あゆ:「そんなことしてないもんっ!!」
あゆのストレートが祐一の鳩尾に深くめり込む。
祐一:「ぐはぁっ・・・何故・・・中に入って来れた・・・」
名雪:「あゆちゃんを苛めちゃダメ。 可哀想でしょ、祐一」
名雪は寒い〜などと呟きながら窓の外を眺めていた。
その傍にあゆと真琴も駆け寄ってゆく。
雪降る空を見上げる3人の少女・・・
絵になるな、などと考えながら祐一の意識は深い闇に捕らわれていった。
祐一:「・・・はっ」
祐一が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
時刻は5:24
ふと祐一が辺りを見渡すと、青い訳の分からない物体と、黄色い訳の分からない物体と、オレンジの訳の分かる物体が転がっていた。
祐一:「・・・お前ら、もうちょっと女としての自覚ってもんがないのか・・・?」
祐一はこめかみを押さえながら呻いた。
パジャマ姿の3名が無防備な姿ですやすやと寝息を立てている。
だが、祐一は鬼畜な道には走らず、まっとうなやり方でこれらを起こすことにした。
何しろ今日は秋子の誕生日、このまま3人を寝かして置いては祐一の計画は丸つぶれである。
祐一:「よしっ、やるか」
祐一は気合いをいれてキッチンへと降りてゆく。
秋子には気付かれないように抜き足差し足忍び足で目的の場所まで・・・そこにある物を掴むと、再びそろりそろりと部屋へと戻る。
祐一:「起きろ〜」
そう言いながら手の中のジャムを3人の口の中へ流し込む。
あゆ:「!?」
真琴:「!?」
名雪:「!?」
3人の目がカッと開かれる。
だが、当然のごとく身体は動いていない。
細かに痙攣しているのみだ。
祐一:「次は解毒剤っと・・・」
それぞれの口に好物のたい焼き、肉まん、イチゴを詰め込む。
あゆ:「うぐぅ〜」
真琴:「あう〜」
名雪:「うにゅ〜」
三者三様の鳴き声を発しながら、3人が起きあがる。
そして・・・
あゆ:「うぐぅっ、何てことするんだよ、祐一くんっ!!」
真琴:「あう〜、普通なら死ぬわよぅっ!!」
名雪:「祐一、人殺しだよ〜」
祐一:「死んでないから大丈夫だ、そんなことよりっ!!」
ゴツッ!!
あゆ:「うぐぅっ!?」
大きな音に室内が静まり返る。
祐一はブーイングをあゆの頭を思い切り叩く事で静めると話し始める。
祐一:「みんな、よく聞けよ。 今日は何の日だ?」
祐一の問いに全員がう〜んと悩み始める。
その光景を見て、祐一の頭に1つの不安が浮かび上がる。
そして祐一の恐れていたことが現実となる一言。
名雪:「・・・何の日だっけ? え〜と、祐一・・・? なんでお母さんのジャムを持ってるのかな・・・?」
うにゅ〜という叫び声と共に名雪は帰らぬ人となった。
祐一:「さて、他にわかるやつは・・・?」
鬼の形相の祐一があゆと真琴をギロンと振り返る。
真琴:「あ、秋子さんの誕生日ですっ」
祐一:「よし、名雪起きろ」
再び名雪の口の中に解毒剤であるイチゴを突っ込みながら祐一が頷く。
床に倒れこんでいた名雪が口をもぐもぐさせる。
名雪:「うにゅ・・・お花畑と川が見えたよ〜・・・」
頭をくらくらさせながらも名雪が起き上がる。
あゆ:「そう言えば、秋子さんのお誕生日プレゼント、まだ買ってなかったよっ!?」
あゆの言葉に3人の少女は驚いたような顔を見せ焦りだした。
だが、祐一だけは平然とした表情で3人に話しかける。
祐一:「ああ、そのことなんだが・・・今日1日、秋子さんの代わりを務めるっていうのはどうだろうか?」
祐一の発言に慌てふためいていた少女らがふと立ち止まる。
少しの沈黙の後、名雪の声。
名雪:「良いんじゃないかな、お母さんも楽が出来るし」
その言葉に他2名もうんうんと頷く。
祐一:「プレゼントは各自が自己調達ってことで・・・秋子さんには今日はゆっくりしてもらうぞ・・・」
3人:「賛成〜」
この後、それぞれの持ち場を決定し、それぞれが行動に出た。
秋子:「あらあら・・・今日はゆっくり出来るんでしょうか・・・?」
秋子は二階から聞こえてくる話し声を聞き、そっと呟いた。
その顔には言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みがあった。
起きあがろうと立ち上がりかけた秋子は再び布団の中に潜り込むのだった。
A.M.6:35
いつもなら起きているんだろうけど、今日はまだ寝ているみたいだよ〜。
名雪はそんなことを考えながら欠伸をかみ殺しながら冷蔵庫の中を確かめる。
うん、さすがお母さんだよ。 これだけあれば・・・
早朝のキッチンに物音が響いていた。
真琴:「あう〜、私たち、何するんだっけ?」
あゆ:「掃除だよっ!!」
あゆは雑巾を絞りながら真琴に言い放つ。
真琴も少し頬を膨らませながらも雑巾を握りしめる。
真琴:「なんで掃除なのよぅ・・・?」
不満たらたらといったところだ。
秋子を喜ばす為、一度は祐一の決定に従ったものの今更になって不満が最高潮に達しようとしていた。
しかし、そんな不満も吹き飛ばすかのごとく、あゆがぽそりと呟いた。
あゆ:「それは・・・料理が出来ないからだよ・・・」
べちゃ・・・
真琴の手の中の雑巾が音を立てて床に落ちた。
あゆはそんな真琴を見つめながらため息を付く。
あゆ:「だから、掃除しようよ」
真琴:「・・・しょうがないのね」
2人は再びため息をつくと床を磨き始めた。
祐一:「・・・ふぅ、こんなもんかな」
A.M.7:00
祐一は手に持っていたスコップを雪に差し込むと白い息を吐き出す。
昨日からの大雪にまだ9月だというのに道には雪が溢れんばかりに積もっていた。
玄関の雪をかき出すだけで相当の体力を消耗してしまった。
次は屋根か・・・
祐一はそう思いスコップを引き抜く。
空を見上げると雲1つ無い空が広がっていた。
祐一:「くぅ〜、終わった〜」
A.M.7:42
そろそろ秋子さんも起き出してくるだろうな
そう思いながら玄関の扉を開ける。
そこではあゆと真琴が仲良く倒れ込んでいた。
辺りを見回すと、見違えるように綺麗になっていた。
元より秋子の手入れが行き届いているにしても、よく頑張ったと祐一は思った。
寝息を立てる2人を部屋へと運び込むと祐一は名雪の様子を見にキッチンへと向かう。
扉を開けると、中から甘い薫りが漂ってくる。
名雪はせっせと朝食の支度をしていた。
・・・眠ったままで
祐一は呆れながらも尊敬の眼差しで名雪を見つめる。
だが、そのままにしておくのも危ないと思い、起こすために名雪に近寄ると肩を掴み揺らした。
名雪:「く〜・・・地震だお〜・・・」
祐一:「あ、猫・・・」
名雪:「ねこさんっ!? ねこさん何処っ!? ・・・って祐一、いつからいたの?」
不思議そうに尋ねてくる名雪をなだめながら、祐一は席に着く。
名雪も祐一に突っかかりながらも大人しく席に着く。
やがてお子さま2人組が秋子と共にやってきた。
秋子:「おはようございます、祐一さん」
秋子は何も知らないかのように挨拶を交わす。
祐一もそれに対し、平常を装いながら挨拶を交わす。
祐一:「おはようございます、秋子さん。 今日は早起きしたから名雪が朝ご飯を作ってくれたんです」
少々無理のある説明を口にしながら皆を席に促す祐一。
こうして今日もいつもの生活が始まった。
祐一:「それじゃあ行ってきます」
名雪:「行って来るよ〜」
あゆ:「行ってきます、秋子さん」
真琴:「行ってきま〜す」
秋子:「はい、行ってらっしゃい」
秋子の笑顔に見送られ、4人は学校へと向かう。
すでに祐一たちは秋子には家事全般をやり終えたことを伝え、ゆっくりして欲しいと伝えていた。
祐一:「あとは計画通りに・・・」
3人:「了解っ!!」
学校の校門前でそう言い合うと各々散開していった。
P.M.6:49
秋子の携帯に、名雪からすぐ来て欲しいとの連絡が入った。
名雪は今、倉田さんの家にお邪魔しているらしい。
心配と疑問を抱きながら、秋子は倉田家へ歩を進める。
そこで待っていたのは・・・
一同:「秋子さん、お誕生日おめでとうございま〜すっ!!」
一斉に鳴るクラッカーの炸裂音。
一瞬、あまりのことに思考がついていっていなかった秋子に祐一と名雪が近寄ってゆく。
祐一:「さ、秋子さん。 主役がそんなところにいちゃパーティが始まらないですよ?」
名雪:「さぁ、早くっ♪」
2人に手を引かれ連れて行かれる秋子。
秋子:「これは・・・?」
秋子の目の前にはケーキとおぼしき物体が置かれた。
なぜおぼしきなのかというと・・・あゆ70%、真琴20%、栞10%ほどの助力があったせいである。
とりあえず味だけは佐祐理と香里と美汐、そして名雪の力のおかげでなんとか保つことが出来ていた。
名雪:「ほら、お母さん、ふぅ〜って」
言われるままに秋子は蝋燭の光を吹き消す。
それと同時に割れんばかりの拍手が秋子に送られる。
あゆ:「秋子さん」
あゆの呼び声に秋子は後ろを振り向く。
真琴:「お誕生日おめでとうっ」
秋子はその言葉を聞きながら皆をゆっくり見つめる。
祐一:「これからも元気で若々しい」
だが、途中から目の前の視界がぼやけてきて前が見えなくなってくる。
名雪:「私たちのお母さんでいてください♪」
秋子は4人の言葉を聞き、何も言えなかった。
だが、その代わりに4人全員をぎゅっと抱きしめた。
だが、秋子の無言のお返しは名雪たちには何よりも嬉しいお返しとなった。
腕の中で嬉しそうに目を細める4人の子供を見ていながらも、秋子の目からは涙が止めどなく溢れていた。
秋子は誰にも聞こえないほどの声で呟く・・・ありがとう、と・・・
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